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鉄狐の宴

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筺 (5)


筺 (4)



都の夏は、熱い。
日が暮れて少しは「まし」になったとは言え、じっとしていても汗が流れてくるようだった。

藤原道長邸、東面の庭。
周囲を照らすかがり火が轟々と炊かれ、その暑さに道長は少し参ったような表情をしていた。

「これ清明。早く始めんか。道満は奥の座敷に閉じこめてある。屈強の武士を二人つけて監視させている上、耳には詰め物、目隠しをしてこちらの様子を伺い知ることは全くできなくなっておるのだ。安心して始めよ。」

「道長公。もう少々お待ち下さいませ。何の手違いか品物がまだ到着しておりませぬ故。」

「品物など何でも良いではないか。」

「確かに何でも良いと言えば良いのですが、相手は都に名の知れた芦屋道満。私としても術の効果が最も高い品物を使わせて頂きたいこと、ご承知下さいませ。あ、いや、今到着したようですな。」

「おお。こちらじゃ、こちらじゃ。早ういたせ。かがり火のせいか、暑くてかなわん。」

庭の中央には台座が置いてあり、その上には一抱えほどの大きさの箱があらかじめおいてあった。
新たに庭に入ってきた清明の使者は、その足元に持ってきた新たな箱を静かに置いた。

「それでは確認いたします...」


安部清明は藤原道長命で、巷で評判の高い陰陽師 芦屋道満とこれから「術比べ」による対決を行う事になっている。
「術比べ」の内容は至って簡単。
清明がある品物を箱の中に入れて禁呪(=魔術封じ)の術を施す。
道満はその禁呪を破って箱の中の品物を言い当てる、というものである。
道満が中の品物を言い当てれば道満の勝ち。言い当てることが出来なければ清明の勝ちである。

しかし清明が負ければ、妖しげな民間術師にも劣るとのことで、清明は勤め先である陰陽寮での役職を失ってしまうだろう。
逆に道満が負ければ、道満は人心を惑わせた罪で数年間都からの立ち退きを命ぜられる事になっている。
まるでお遊びのようなこの術比べは、2人の人間の運命を左右する恐ろしい催しであった。
権力者、道長はそんな「お遊び」を平気で命ずるクセがある。


「今回のために、洛外から取り寄せました。ごらん下さい。」

清明は足元の箱を開け、白い塊を取り出した。
姿は-どうやら牡丹のように見える。
だが、本当の牡丹より二回りほど大きい。
色は真白で、炎に照らされてきらきらと輝いている。

「何じゃ?それは?」

「上質の砂糖を取り寄せまして、職人に牡丹の形をした菓子を作らせました。」

「...つまり、道満は『箱の中身は菓子である』と当てねばならんと言うわけか。」

「そうですな。『牡丹である』とすれば、それは誤りとなります。」

「清明、お前は少し意地が悪いぞ。道満が箱の中身を見ることが出来たとしても、その中身は暗い。『牡丹である』と間違えるかもしらぬではないか。」

「だとすれば、それは道満がそれまでの術師だったと言うことです。」

「本当に意地の悪い男だ。」

意地が悪いのは道長とて同じではないか、との声は上がらなかった。
それどころか、周りに居合わせた貴族達は声を合わせて笑い、道長に調子を合わせる。

「どれ、上質の砂糖菓子と言ったな。少し味見をさせてくれぬか?」

「道長公、また子供のような事を。菓子は献上いたしますので、あとでゆっくりお召し上がりくださいませ。」

「良いではないか。」

「解りました。おい。」

清明は手にした白い牡丹の花びらを少し折り、かけらを側の従者に渡した。
従者はかけらを恭しく道長に捧げた。

「ふむ...ほう、これはなかなかに美味い。もう一口欲しくなってくるな。」

「後になさいませ。禁呪の儀式には少し時間がかかります。かがり火の暑さで立会人の道長公が途中で倒れてしまっては、勝負にならなくなります。」

「なるほど、そうであるな。しかし清明、よくぞ夜に術比べを行う旨を提案してくれた。今日は特に暑かったからな。昼の日中であればこの程度では済まぬかったやもしれぬ。」

「お礼には及びません。では、さっそく。」

清明は台座の上の箱に白い牡丹を置くと、従者に合図を送った。
従者はかがり火を箱の近くに近づける。

「薄暗いですから『なにやら品物をすり替えたりするのではないか』とお疑いになられませぬよう、明るくしておきましょう。」

「ほう、確かにそこまで明るくすれば、闇に乗じて悪さをする事もできまい。しかし清明、主は暑くはないのか?」

「いえ、暑いですよ。」

清明は軽く笑った。

「しかしまあ、星に祈りを捧げる際にも火を焚くことは希ではありませんから慣れております。それに、密教僧の護摩壇に比べれば遙かに涼しいでしょうな。」

「ふふ、護摩壇はな。そう言えば去年の夏、密教僧の手を借りて儂を呪殺せんとした輩がいたそうだ。しかし、護摩を焚いてる途中にその破戒僧が熱で倒れよってな、それで悪事が発覚した。」

また道長の子飼いの貴族達が調子を合わせて笑う。
口々に「愚かな奴ですな」「きっと道長公の満ち満ちた霊力に呪いが跳ね返されたのでしょう」などとおべっかを使っている。
しかし、清明はこれから術を施す緊張感からか、微笑だにしない。
さすがに道長もこれをとがめ立てする気はないらしく、清明に声をかけた。

「おお、集中力を途切れさせてしまったかな?気にするな。続けよ。」

「はい。」

清明は榊の枝を手に取ると、ゆっくりと舞うように動き始めた。
「反閇(へんばい)ですな」と、道長の取り巻きの一人が物知り顔で解説する。
真っ直ぐにではなく、千鳥足のように不規則に、すり足で一歩一歩前に進み出す。
この奇妙な歩方で、悪魔を踏み殺し地を清めるのだ、と。

朱雀...玄武...白虎...勾陣...帝禹...文王...三台...玉女...青竜。

陰陽道の象徴となる四神や他の神の名を唱えつつ、ゆっくり、ゆっくり、次第に早く、次第に早く、清明は箱の周りを周り、術を施して行く。
一種の神懸かり状態にでもなったのだろうか?清明の瞳はだんだんと虚ろになり、その動きはだんだんと激しくなってくる。
清明の神懸かりが頂点に達したとき、清明はかがり火の中からおもむろに火のついた薪を取り出し、更に激しく踊り出した。


そして


清明はぴたりと動きを止めた。

手にした薪を地面に放りだし、パン、と手を一度大きく打った。


「...これで、この箱には禁呪が施されました。」

清明はそう宣言し、ゆっくりと箱の蓋を閉じた。

「ご苦労。では封印を。」

道長の従者が素早く箱に駆け寄り、しっかりと閂をしめ、その上から封印を貼った。

「これで道満は、封印を破ること無しに中を見ることは出来ない...清明の禁呪を破り、透視することが出来れば話は別だがな。」

「私の禁呪を破ることなど出来ますまい。」

「さす清明。大した自信だな。だが道満も自信たっぷりのようじゃったぞ。では、この箱を奥へ入れよ!道満も待ちかねておろう。」

額の汗を拭きつつ、道長は勢いよく立ち上がった。



筺 (6)


by ironfox | 2005-05-19 22:52 | | Comments(0)

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